最初は23日過ぎて、特に問題がなかったら家に帰ってもいいと、先生と話していたが、リハビリの人が左手が使えないとベットから一人で起きれないのですぐに帰らないで、別の病院に転院した方がいいとすすめてくれた。骨が折れた時に2日間トイレに付き添ったが、流石にこれが毎日は無理と時間してたので、転院の手続きをすることにした。
病院の相談室に行き、病院を探すと「東京衛生病院」と「中野共立病院」の二つになった。中野共立病院は私の自宅の近くなので、ここにしたいとお願いする。
お見舞い
マダガスカルに行けなくなったので、気力がなくなり喪失感満載。
榮美子さんが私にべったりなのがよくないなぁと、兄も毎日夜に見舞いに来ているようなので、私は毎日ではなく一日置きか少し日にちを開けて行くようにしようと決めた。仕事も溜まっているし、買い物をしながら毎日病院に通うと三時間ぐらいかかる。私の仕事が自分でスケジュールを立てられるのでどうにかなるが、今後かのことを考えるとと、榮美子さんにも自立してもらわないと。
「仕事が忙しくなったので、毎日は来れないと」話で、自分の時間を大切に確保することにした。
マダガスカル旅行
私は、マダガスカルに行きたくて10年ぐらい前から行くチャンスをねらっていた。今年やっと日程的に予定を開けることができたので、行こうと申し込みをして、友だちと旅行の説明を聞きに行こうと話していた。榮美子さんがこのような状態になったが、病院にいるのであれば、24時間介護で食事も付いているし、家にいるよりも安心・安全だ。榮美子さんも世界中を旅行していたので、私の行きたい気持ちもわかるので安心していた。一緒にいく友だちが、行かない方がいいと思うといわれ、絶対にそんなことはないと思う、と返信したが、一応念のために
榮美子さんに「マダガスカルに来月の25日からいってくるからね。」と話す
寝巻きが汚れても病院で貸してもらえるし、家から持っていかなければならないものは何もないのに、一体なんで、と混乱する。説得するように話をしようとしたが、もう聞く耳を持たず泣きそうだ。私は絶対「いってらっしゃい。私は病院で大丈夫だから」という返事を待っていたのに
「い・か・な・い・で」という言葉が返ってきた。
頭が真っ白。急遽友だちに旅行のキャンセルの電話をする。何もする気が起きず、気力がなくなる。病院にも来る気にもなれず全てが嫌になってしまった。
指折り数えて
入院してから、今日で7日目、
23日には退院してもいいといわれているので、指折り数えてまだかまだかと。リハビリも始まり、少しずつ歩き始めている。手も動かしていいといわれてきたが、負荷はかけないようにと。トイレも自分でいれるようになりつつある。
先生に直訴
病院の廊下で先生とすれ違ったので、夜トイレになかなか行けないので「眠り薬」を出してほしいとお願いする。看護師さんによってトイレに連れて行ってくれる人とそうでない人がいるようだ。ここは外国人の看護師も多く、男性の外国人の看護師さんはあまり対応が良くないようだ。トイレの付き添いは、女性のほうが恥じらいがあるのでいいのだが、そうも言ってられないのが実情で、面倒を見てくれるだけでもありがたいと思わないとね。
ねむり薬
夜にトイレにあまりいけないと思うととってもトイレに行きたくなるという。なので、旅行の時にのむ眠り薬を家から持って来てほしいといわれ取りに行く。夜にこそっと飲むつもりらしいが、看護師さんに見つかって取り上げられたそうで、泣いていた。先生に許可ない薬を勝手に飲むことはできないと、怒られたそうだ。まあ当然なことだよね。
夜のトイレ
日曜日なので、ツレと一緒にお見舞いに行く。私の言うことはほとんど聞き流しているが、ツレのいうことは「ハイハイ」と聞き分けよくきいている。食事がまずくて食べられないと話すが結構病院の食事は薄味で美味しい。と私は感じる。
夜トイレに行きたいと、看護師さんを呼ぶと人手が少ないから、おむつで用を足すようにと言われて辛いと話していた。
サンドウィッチ
食欲がないというので、サンドウィッチを買っていく。
車椅子生活
手術で左手を切っているので、かなり痛そうで「痛い」「痛い」の連呼だ。トイレも自力では難しいので、看護師さんにお願いして車椅子で外の大きなトイレで用を足すことになる。
食事はまずくて食べることができないというので、何か欲しいものをと聞くと
ヨーグルト、茶碗蒸し、卵、ローストbeefというではないか
明日買ってくるとはなして、そのまま帰る
生まれて初めての手術
阿佐ヶ谷の河北病院で左上腕骨折手術がお昼から始まる。手術は大体二時間程度だか、麻酔をしたり用意があるので午後一杯かかるめそうだ、兄も待機するので、大人が二人いても何もすることがないので、5時過ぎに終わるというので夕方出直してくることにした。
5時過ぎに病院に行くと、ちょうど終わったところで看護室の隣の大部屋にいると言う。手術したばっかりなので、面会は30分程度で終わるようにと指示があり、兄と交代で病室に入る。
母は、小さな声で
「いたい」「いたい」「なんかへんなの」「いかないで」「いかないで」「手がおかしい」と
「いかないで」「ここにいて」と何度も話しているが、30分の面会時間のためこれ以上は難しく、そのまま何気なく退室する。
